店舗案内(ギャラリー・ニシムイそば・企画コーナー・書家コーナー・木版画工房)

 《 ギャラリー 》 

                                         

                                                 10月2日(日)まで

  次項有うーじ染展

 『 包む展

 

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《企画コーナー》                《常設コーナー》

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《ニシムイそば-食堂-》

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《 書家 豊平峰雲 コーナー 》        《 木版画 紅工房 》

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 《竹久 夢二コーナー》        竹久夢二コーナー 002新1.jpg            

”ニシムイ”とは

戦後(1946年)、米軍政府によって絵画教室や展覧会の開催、クリスマスカード制作などを

目的とした文化部芸術課が設けられました。そこで美術技官に任命された画家達が、

石川市の東恩納でアトリエ集落を築いたのでした。

その後、米軍の南部移動に伴い、官職を解かれますが画家達の気運の高まりもあり、

(1948年)自分達で美術村を首里儀保の北(方言―ニシ)に位置する、虎瀬山(トラズ山)

にアートコロニーを形成しました。

それは通称ニシムイ(首里城から見て北にある森)美術村と呼ばれました。

 米軍からはアトリエや画材も提供されました。戦後と言うこともあり、画家達は得意とする絵画

を描かず、アメリカ人の好む肖像画やクリスマスカードを描き生計を立てながら、自分達の

創作活動も展開していったのでした。これが沖縄美術の復興の拠点となったのです。

その中心となった画家達(ニシムイの画家)は山元恵一(やまもとけいいち)、金城安太郎

(きんじょうやすたろう・日本画)、安谷屋正義(あだにやまさよし)、名渡山愛順(などやま

あいじゅん)、大城皓也(おおしろこうや)、屋部憲(やぶけん)、玉那覇正吉(たまなは

せいきち)、具志堅以徳(ぐしけんいとく)らであった。

 また、ニシムイ美術村の画家を中心に1949年、沖縄タイムス社主催の「第1回沖展」

が開催され、最初の審査員は名渡山愛順氏(東京美術学校出-現東京芸術大学)が努め、

日展や光風会 でも活躍されました。

ようこそニシムイ西森美術へ

沖縄県の八重瀬町東風平(こちんだ)にアートギャラリーが誕生しました。  

私たちのホームページにお越し下さいまして誠にありがとうございます。  八重瀬~1.JPG

ニシムイ西森美術の大和田邦治です。

沖縄県の南部に位置する小さなアートギャラリーニシムイ西森

美術は沖縄の美術工芸家の作品を取り揃えております。

壺屋焼きに代表される沖縄の陶器、やちむん(焼物)など、紅型、

琉球ガラス、絵画、磁器を セレクトして展示・販売をしております。

それにギャラリーと併設して版画工房も設けており、

そこには沖縄では唯一、竹久夢二の版画・グッズも販売しております。

また、ギャラリー内には沖縄食文化を代表する沖縄そば(ニシムイそば)のお店もございます。

どうぞお気軽にお越しください。

お待ちしております。

作家紹介

 

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 豊平 峰雲   友寄 淳
金城有美子加工DSCF1077.jpg  DSCF1234東恩納美架そばマカイ加工.jpg  DSCF1408ポールロリマー1.jpg 
 金城 有美子

東恩納 美架

    ポール・ロリマー

 

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    本田 伸明      田中 紀子       平敷 慶秀
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     古我知焼

     

     安里 貴美枝

 

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   ニコラス・センタラ

     小浜 晋

     佐久間 栄

    

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    武井 好之

    伊集 守輝

 

 

 

店舗のご案内

沖縄そば.jpg ニシムイ西森美術は沖縄美術工芸品だけではなく沖縄の食文化

含めた沖縄文化を発信していこうと考えております。

今、沖縄の美術工芸に携わる作家は全国から注目されています。

沖縄独自の伝統を守り、創作活動を続ける著名の作家から

既存のイメージにとらわれず、新しい感性で「沖縄らしさ」を作品で

表現してゆく若手の作家も参加しております。

その中には沖縄在住で日本人とは違った感性でアット驚くような作品を作り続けている

外国の作家もセレクトしております。

それから沖縄の食文化を代表する沖縄そばは琉球王朝時代の宮廷料理に端を発するという

長い麺文化ともいえます。

それは中国から伝わり、支那そばと呼ばれ、その間にはそばの名称問題もあり、

現在の沖縄そばへと進化した歴史と文化があります。

この様に沖縄の美術工芸品と沖縄そばという沖縄文化を県内外に発信していくことで、

沖縄文化に触れ、または味わっていただけることで皆さまから親しまれるお店作りを

目指します。

どうぞよろしくお願いいたします。

沖縄美術工芸の歴史

  沖縄の伝統工芸品の代表と言えば「壺屋焼」があげられます。

琉球における焼物(やちむん)の歴史は、14〜16世紀頃に中国や南方諸国の陶磁器が豊富に

持ち込まれ南蛮焼の技術が伝えられたのもその頃だといわれています。

 1609年に薩摩の島津藩が琉球に侵略。薩摩の治政下におかれ海外貿易が下火になると、

琉球王朝の尚貞王は産業振興の目的で薩摩から朝鮮人の陶工を招いて、湧田窯にて朝鮮式

陶法の習得に力を入れ始めた。

 1682年に琉球王府の手によって美里村知花窯(現・沖縄市)、首里宝口窯、那覇湧田窯が牧

 志村の南に統合され、現在の「壺屋焼」が誕生しました。

その壺屋には南側に※荒焼の陶工を集めてフェーヌカマ(南窯)が、東側に※上焼の陶工を集

めアガリヌカマ(東窯)がつくられました。こうして「壷屋焼」300年の長い歴史が始まったのです。

 1976年には通産大臣より「壺屋焼」は伝統的工芸品産業に指定され、全国にその名を

広めま した。

※「荒焼−あらやち」「上焼−じょうやち」については 壺屋南ヌ窯.jpg

沖縄の焼き物(やちむん)・壺屋焼きをご覧ください

 

 

 

 

15世紀ごろからは漆器が伝えられました。螺鈿(らでん)、蒔絵(まきえ)、沈金(ちんきん)など

が 伝えられるとともに、独自の技法を加えていきました。

織物としては芭蕉布があります。現在でも大宜味村喜如嘉(おおぎみそんきじょか)では

伝統工芸として、保存継承が続けられています。

他には久米島紬、八重山の上布などが有名です。これらは首里城へ貢納品とし

て納められました。

染め物としては紅型があります。その技法は18世紀に完成したといわれ、 芭蕉布 喜如嘉.jpg

中国や南方系の文化を強い影響を受けています。

 

 

 

 

 琉球ガラスは明治の中頃から伝えられたいわれておりますが、、現在の

観光用やお土産品などで見かける華美なスタイルは終戦後、アメリカ軍施設

から捨てられたコーラやビールの空き瓶を原料に作り出されたものでした。

赤瓦屋根や門の一角などで見かけるシーサーは家に災いをもたらす悪霊を追い払う

魔よけの意があり、もともとは中国の唐獅子(からじし)と呼ばれる「シーサー」とそっくりな

獅子像があり、この唐獅子が沖縄に伝わり、翻案されたものではないかと言われています。

このように沖縄の美術工芸においても中国の影響を受け、それ以前からあった沖縄の文化と

チャンプルー(混ぜること)することにより沖縄独特のものとして今日に至っています。

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